
ブルゴーニュのワインを前にすると、多くの方が「格付け」という言葉に身構えます。上下を競う序列のように聞こえるからかもしれません。けれど、実際にブルゴーニュの畑を歩いてみると、この言葉はもう少し違う顔を見せます。格付けとは、優劣を並べる順位表というより、土地の個性がどこにあるかを示す地図に近いのではないか、と私たちは考えています。この記事では、地方名から特級畑まで、ブルゴーニュの格付けが積み上げてきた段階を、実在する畑を手がかりに、地図をたどるようにほどいていきたいと思います。
四段階の地図 — 地方名から特級まで
ブルゴーニュの格付けは、大きく四つの段階に分かれています。いちばん裾野に広がるのが、ブルゴーニュ地方全体を名乗るワインです。その上に、ジュヴレ・シャンベルタンやヴォーヌ・ロマネといった、村の名前をそのまま名乗るワインがあります。さらにその上に、村の中でも評価の高い区画を示す一級畑(プルミエ・クリュ)があり、いちばん高いところに、頂点に置かれたひと握りの区画である特級畑(グラン・クリュ)が置かれています。段階が上がるほど、名乗ることのできる畑の範囲は狭くなっていきます。順位というより、土地の個性がどれだけ細かく名指しされているか、その解像度の違いだと考えると、わかりやすいかもしれません。この四段階の骨格は、決して古い時代からそのままの形であったわけではなく、フランスの原産地呼称を管理する機関によって、1930年代を中心に村ごと・畑ごとに整えられてきたものです。地図の輪郭そのものが、時間をかけて描き直されてきたということでもあります。
村の名前を名乗るということ
村名ワインは、この地図の足元にあたります。たとえば、コート・ド・ニュイのジュヴレ・シャンベルタン村は、村の名前そのものが、この地に特級シャンベルタンがあることに由来しています。村名を名乗るワインは、その村のどこかで穫れたブドウから造られ、特定の一枚の畑には縛られません。裾野が広い分、村ごとの個性をおおまかに知る入り口として、格付けの地図を読み始めるにはちょうどよい場所です。
一級畑という、村の中の高台
村の中でも、とりわけ評価の高い区画には、一級畑(プルミエ・クリュ)という呼び名が与えられます。たとえば、ヴォーヌ・ロマネ村の一級畑レ・スショや、シャンボール・ミュジニー村の一級畑レ・サンティエは、それぞれの村の中でも名指しで語られる区画です。一級畑という呼び名は、同じ村名を名乗るワインの中に、さらに細かい高台があることを教えてくれます。地図でいえば、村という平野の中に、少し標高の高い一角が示されているようなものです。
特級畑 — 頂点に置かれたひと握りの区画
地図のいちばん高いところにあるのが、特級畑(グラン・クリュ)です。特級畑は村の名前さえ名乗らず、畑の名前だけでワインを名乗ることを許されています。その面積は、畑によって大きく異なります。ジュヴレ・シャンベルタン村の特級シャンベルタンは約12.9ヘクタールで、ドメーヌ・アルマン・ルソーが、そのなかで最も多くを受け継いできた個人所有者として知られています。コート・ド・ニュイ最大の特級畑は、中世にシトー会の修道士が壁で囲って拓いたクロ・ヴージョで、面積は約50.6ヘクタールに及びます。この畑は、フランス革命後の混乱のなかで所有が分割され始め、1889年にはブルゴーニュの複数の商人へと売り渡されたことで細分化がさらに進みました。現在ではおよそ80を超える所有者が、この一枚の特級畑を分け合っているとされます。一枚の畑が、地図の上ではひとつの名前であっても、その内側にはいくつもの持ち主の物語が重なっているという、格付けの地図らしい例です。一方、ヴォーヌ・ロマネ村のラ・ロマネは、面積わずか約0.85ヘクタールという、フランスで最も小さいAOC(原産地呼称、産地を保証する呼称の単位)とされる畑で、1936年に特級として認められました。同じ特級という頂点にありながら、その広さも歴史も一枚ごとにまったく違います。
地図は動くこともある
この地図は、一度描かれたら永遠に変わらないものではありません。ヴォーヌ・ロマネ村のラ・グランド・リュは、名高いラ・ターシュとロマネ・コンティに挟まれた約1.65ヘクタールの畑で、一社が単独で所有するモノポール(単独所有畑)です。1933年にこの畑を取得したドメーヌ・フランソワ・ラマルシュは、隣り合う特級に劣らぬ立地でありながら、長らく一級畑にとどめられていました。ドメーヌが昇格を働きかけ続け、ようやく1992年7月の政令によって特級に列せられます。地図の頂点に立つ畑もまた、時間をかけて認められていくことがあるという、静かな例です。
格付けという言葉を、順位でなく地図として読み直してみると、一本のワインの背景に広がる土地の輪郭が、少しだけ見えやすくなるのではないかと私たちは思っています。ブルゴーニュの畑については、ジャーナルの他の記事でも折にふれて綴っていきます。
