
古いワインを開けるとき、私たちが向き合っているのは、味わいだけではありません。瓶の中で静かに流れていった時間そのものと向き合っています。ただ、その時間には「ここが頂点」という決まった一点があるわけではありません。むしろ幅を持った坂道のようなもので、いまどのあたりを歩いているかを見定める考え方こそが「飲み頃」だと私たちは考えています。この記事では、実在するいくつかのヴィンテージ(収穫年)を手がかりに、その考え方を順にほどいていきます。
古酒は「時間を飲む」体験である
古いワインの味わいが若いワインと違って感じられるのは、瓶の中でゆっくりと変化が進むためです。強かった果実の勢いは静まり、タンニン(渋みのもとになる成分)は少しずつ角が取れて丸くなります。色は赤みからレンガ色へと移ろい、香りも生の果実からドライフルーツや土、なめし革を思わせる複雑な表情へと変わっていきます。これは劣化ではなく、瓶の中でゆっくり続く熟成という現象です。
たとえば、1967年に瓶詰めされたロマネ・コンティのような古酒を開けるとき、私たちが向き合っているのは、半世紀以上前に瓶へ閉じ込められた空気そのものです。1967年のブルゴーニュは9月の日照不足に見舞われ、突出した当たり年ではありませんでした。それでも、単独所有の畑(一つの造り手だけが所有する区画で、モノポールと呼ばれます)が持つ個性は、その年なりの姿でいまも瓶の中に残っています。
飲み頃は「点」でなく「幅」
飲み頃という言葉を聞くと、ある特定の一年を思い浮かべたくなりますが、多くの場合それは幅を持った期間として語られます。南ローヌのシャトー・ラヤスが1990年に手がけたシャトーヌフ・デュ・パプは、暖かく乾いた夏に恵まれた偉大な当たり年の一本です。評価誌はこの一本の飲み頃を2003年から2013年ごろと見込みました。実際にはその幅を過ぎたいまも、成熟した古酒として楽しむことができます。飲み頃の予測は、この日までに飲み切らなければならないという締め切りではなく、この時期がもっとも輝きやすいという目安なのだと、私たちはこの一本から教えられます。
同じ畑でも、年によって違う道をたどる
飲み頃の幅は、畑や造り手が同じでも、その年の気候によって変わります。ヴォーヌ・ロマネ村の単独所有畑ラ・グランド・リュを手がけるドメーヌ・フランソワ・ラマルシュには、1986年と1996年という対照的な二つの年があります。1986年は、収穫の終盤こそ好天に恵まれたものの、全体としては手間のかかる難しい年で、評価も「中庸」と控えめなものでした。一方、1996年は完熟した果実が豊富に穫れ、糖度と酸をともに高く保った珍しい年で、発表当初から先の熟成を期待されながらも、時を経るなかで評価が分かれ、上位の区画はなお固く閉じているとも語られます。同じ1.65ヘクタールの畑から生まれた一本でも、年が違えば歩む坂道の長さも傾きも変わってくる、ということをこの二本は示しています。
同じ畑の中でも、年によって「早く開く」のか「ゆっくり時間をかける」のかが変わります。ジュヴレ・シャンベルタン村のアルマン・ルソーが手がけた1997年の特級シャンベルタンは、暑く実りに恵まれた年で、酸はおだやか、骨格はやわらかく、若いうちから香りが開く年とされています。四半世紀を経たいま、この一本は丸みをいっそう深めた古酒として楽しまれています。一方、モレ・サン・ドニ村のジャッキー・トルショーが手がけた2005年のクロ・ソルベは、乾いた気候に恵まれた稀に見る好年で、密度と輪郭を備えた骨格の強い一本と伝えられます。同じ「よい年」であっても、やわらかく早く開く年と、じっくり構えてこそ応える年があるということを、この二本は教えてくれます。言い換えれば、同じ「よい年」という評価の中にも、早熟に開いていくタイプと、時間をかけてようやく応えるタイプがあります。抜栓を急がず、その年がどちらの道を歩んでいるのかを想像することも、古酒と付き合う楽しみのひとつです。
熟成の速さは、造り方によっても変わる
飲み頃の幅を左右するのは、気候だけではありません。造り手がどのように育てたかも、瓶の中での時間の流れ方に関わってきます。ジュヴレ・シャンベルタン村のアルマン・ルソーは、特級シャンベルタンに新樽100%をあて、18か月から22か月かけてじっくりと育てます。凝縮感と気品を両立させる造りです。一方、モレ・サン・ドニ村で小さなドメーヌを営んだジャッキー・トルショーは、新樽をほとんど使わず、大半を古樽でまかない、澱を人工的に除かずに瓶詰めする、飾らない造りを貫きました。1999年のクロ・ド・ラ・ロッシュのように、実りの多い年でも収量を絞り込まず、透明感と滋味で語る一本に仕上げています。新樽をまとって育った一本と、澱をそのまま抱えて育った一本とでは、瓶の中で進む時間の速さも、開けるタイミングを問いかけてくる声も、自然と違ってきます。
開ける夜をどう選ぶか
飲み頃を言い当てることは、正解を探す作業ではありません。むしろ、その一本がいまどのあたりの坂道にいるのかを想像しながら、開ける夜を選ぶ営みに近いと私たちは思っています。抜栓してすぐの香りだけで判断せず、グラスの中で少しずつ開いていく時間ごと味わうこと。そして、その変化を一緒に見守ってくれる相手を選ぶこと。古酒を静かに楽しむための考え方は、この二つに尽きるのかもしれません。
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